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歯周病のリスクタイトル

リスクとの関係

 一般的に歯科というとむし歯が思い出され、歯そのものを削ったり、削ったところにつめたり被せたりすることを連想すると思います。しかし、歯周病は歯そのものの病気ではなく歯茎(歯肉)の病気です。歯茎(歯肉)は結合組織という体を形作っている組織と同じ軟らかい組織(筋肉や内蔵など)からできています。病気になるとこの歯茎(歯肉)が腫れたり出血したりします。これらの組織には血管が走っており、血管を通じて体とつながっています。このことが歯そのものの病気であるむし歯と違う点で、歯周病による歯茎(歯肉)の病状はまさに体の一部におけるものであることを示しています。そして、血液を通じて歯周病が体の他の部分へ影響したり、他の部分から影響をうけたりすることが起こるわけです。これがまさに歯周病が今までの歯科疾患に対する取り組みとは異なる点なのです。
 歯周病が部位特異性を持った病気であるため病気の進行が場所により異なることがわかってきて以来(「歯周病のすがた」参照)、あらためて歯周病の始まりや進み方に関係する研究が多く行われるようになりました。たとえば、歯周病を引き起こすものはプラーク(歯垢)にほかなりませんが、プラーク(歯垢)が沈着することで歯茎(歯肉)にすぐ炎症が現れる部位とそうでない部位があります。炎症が現れる程度やスピードに差があるわけですが、それはプラーク(歯垢)中の細菌が異なるためなのか、あるいはプラーク(歯垢)中の細菌ではなくプラーク(歯垢)に対する歯茎(歯肉)の反応が異なるためなのか、というような研究が発表されてきています。歯周疾患の原因についても、プラークという細菌の大集団により引き起こされるという見方から、特定の細菌により引き起こされるのではないかという見方がされるようになってきました。しかし、この「プラークという細菌の大集団」によるという見方と「特定の細菌」によるという見方は、これまでも時代時代によりどちらかの考え方が優勢になりまた変わり、と移り変わってきました。これはプラーク(歯垢)を始めとする口に中の細菌がヒトの口の中に常に住み着いている細菌(常在菌という)であるためです。さらに現在では口の中に限らず、人体のあらゆる所に生息する常在微生物をひとまとめにしてそれらの関連性を考えるという見方もでてきています。また、歯周病が病気としてその症状を発現するメカニズムについてさえもさまざまな因子が関わっていることがわかってきました。歯周病の発症から進行まで日々新しい研究結果が発表されており、現在では遺伝子レベルの研究も数多く発表されるようになってきています。

[さらに詳しく]

 1998年に米国歯周病学会が発表したセンセーショナルな広告により米国歯周病学会の広告歯周疾患と全身的疾患との関係についての新しい世界が開かれた。これは「Floss or Die(フロスを使うか死ぬか)」というもので、歯周疾患と循環器系疾患との関連とを述べており、口腔内の特定の細菌が動脈硬化を引き起こす原因となるというものであった。当時はかなりセンセーショナルなものであったが、現在ではこの関係はそれほど肯定的にはとらえられていないが、歯周疾患と全身的疾患との関係との目を開いたという意味では新たな歯周疾患研究の幕開けであった。
 2000年代に入り、歯周疾患に影響を与える様々な因子をリスクファクター:「疫学的根拠に基づいて疾病の発生する環境と相関関係があることがわかっている個人の行動、生活習慣、曝されている環境、生まれつきあるいは遺伝的な特徴、についての因子を言う。この因子の存在により疾患に罹患する確率は直接的に上昇し、存在しないか除去された場合にその確率は低下する。一連の直接的原因の一部である場合と、間接的原因である場合がある。」:と呼ぶようになった。様々なリスク因子は炎症反応の過程で生じる炎症性メディエーターを介して全身性疾患との関連が見られることがわかっている。

○糖尿病と歯周病
 糖尿病と歯周病との関連性についての研究はいままでにも数多く発表されてきた。糖尿病はインスリン抵抗性がその病因に重要な役割を果たしているが、末端臓器の障害は終末糖化産物(advanced glycation end products:AGEs)の形成と蓄積に負うところが大きい。糖尿病において高血糖状態はタンパク質の糖化をもたらす。糖化したタンパク質は単球、マクロファージ、内皮表面細胞の終末糖化産物レセプターに結合して単球やマクロファージの増殖や炎症性サイトカインや活性酵素の産生を促進する。活性酸素は宿主の細胞を攻撃し、炎症性サイトカインや免疫細胞の作用により疾患はさらに悪化していく。慢性高血糖、AGEsの蓄積、高濃度延焼反応は組織代謝や治癒機転を変化させ、好中球の機能の低下をまねく。このことにより糖尿病患者では歯周炎を始めとする感染症リスクが高くなる。コントロールされていないかコントロール不良の糖尿病患者では歯周疾患の発現頻度や進行程度(アタッチメントロスの量や歯槽骨吸収量が約3倍)が高まることが示されている。また、近年では歯周疾患あるいは歯周感染が血糖コントロール不良による糖尿病の合併症のリスクを増加させるというデータも報告されるようになってきた。重度の歯周疾患と血糖コントロールの不良との間に有意な相関関係があることはすでに報告されているが、歯周治療によって糖化ヘモグロビンレベルを減少させることができるかどうかについてはまだ確実であるとはいえず、報告によっては有意な減少をあげているものもあるが、そうでない報告もみられる。

○妊娠時合併症と歯周病
 1900年代後期、歯周病が低体重児や早産との間についてのいくかの重要な報告:新たなリスクファクターとして歯周病が注目されてきた:がなされた。口腔感染が妊娠時の感染症と炎症の原因の一つではないかという考え方でてきた。グラム陰性菌による歯周感染がリポ多糖、PGE2、TNF-αなどの炎症メディエーターにより胎盤-胎児双方の機能に影響を及ぼす一因となる可能性を示唆したのである。動物実験によると、P.gingivalisのような口腔病原菌に感染させると、胎児は保護されず妊娠中に毒性が増加することが示された。妊婦は口腔細菌感染に対する「耐性」を有しないことが示唆された。口腔細菌感染が慢性的に続いている状況において、PGE2とTNF-αの局所濃度はP.gingivalisの感染によって増加し、胎児の体重の減少も見られた。LPSが妊娠時に体重の減少や事前流産や奇形などの重篤な妊娠症状をもたらすことも示された。軽度の口腔感染による病巣感染が生殖器官を標的にした感染となった場合、同様に胎盤-胎児組織の炎症を引き起こす可能性も高めていることが示唆された。
 Offenbacherらは124名の妊産婦を対象として出生体重が2500g以下で37週未満の早産あるいは破水した場合をPLBW群、正常出生体重児を持つ母親を対照群とした研究を行った。臨床アタッチメントレベルを測定し歯周疾患を評価したところPLBW群は正常出産に比べて有意に歯周疾患が進行していることが示された。多変量分析によるとodds比はPLBW全妊婦で7.9、PLBWの初産で7.5であった。また、歯周疾患が分娩前に存在し妊娠期間に進行した場合、年齢、人種、早産歴、出産経験の有無、喫煙や社会的状態を補正したオッズ比は10.9という報告もある。しかし、この両者をはっきりと関係付けるための研究データは不十分であり今後大規模な疫学研究を含めた研究調査が必要である。

○冠動脈性心疾患と歯周病
 現在まで歯周疾患と冠動脈性心疾患との相関関係について多くの研究発表がされてきている。BeckやOffenbacherらはアテローム性動脈硬化症と冠動脈性心疾患の感染と炎症性病因に関する知見をまとめた;年齢や性別の一致した対照群に比べ、歯・口腔の感染は脳梗塞の症例でよく見られる;歯肉炎指数は年齢、喫煙、社会的経済状態を補正した歯周病患者群と対照群において、フィブリノーゲンと白血球数との間で有意な相関が見られた;50〜60歳の46名の歯周炎患者は年齢と性別が一致した対照群に比べ、血清レベルのコレステロール、低密度リポ蛋白、トリグリセライドが有意に高く、歯周治療が成功した者は低い脂質値を有する患者に多かった。
 また、ある研究では14年間にわたり9760人を対象にクロスセクショナルな研究を行ったところ、歯周疾患者は歯周疾患の程度が最小限の者に比べて、他の変数を補正しても冠動脈性心疾患のリスクが25%増加していることが示された。また、50歳未満の男性においては、歯周疾患患者は歯周組織が健康な対照者に比べて冠動脈性心疾患が73%も発症しやすかったことを報告している。
 これらの疾患以外にも慢性リュウマチ、肥満、クローン病などとの関連も報告されている。

【参考文献】

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